平忠度関連エントリー

平忠度公腕塚@駒ケ林町

長田区駒ケ林町を歩いていると平忠度公を祭る腕塚堂の案内看板を発見。 案内看板から、道順を示す石標に導かれんがら路地を迷いながら歩いていくと、腕塚堂に辿り着きました。 平忠度(たいら ただのり)は平清盛の末弟で歌道にすぐれ豪勇で知ら ...

平忠度公腕塚@駒ケ林町

平忠度腕塚・胴塚

... 未見ですが、平忠度塚、腕塚は、明石市にもあるそうです。 平家物語の異本の伊藤家本、南都本に、平忠度は明石へ落ちのびたと書かれていることから、伝承地が生まれました。 平忠度塚は、江戸時代、明石藩主松平忠国が梁田蛻??に命じて碑文を作らせ ...

平忠度腕塚・胴塚

平忠度

平忠度は、清盛の弟で、風雅の公達でした。 藤原俊成 のもとで歌に精進し、都落ちする時に、ひそかに師に別れの挨拶に訪れ、歌集を編纂される時は選んでほしいと和歌を託して去り、後に、戦死しますが、源氏の代になったので、俊成は「千載集」には ...

平忠度

平忠度 忠度公園@兵庫県明石市

兵庫県明石市。この付近に平忠度の墓があるらしく、忠度公園という公園もありました。この公園の付近は閑静な住宅街。 忠度は一ノ谷の戦いで討たれた。現代でも無賃乗車のことを「薩摩守(さつまのかみ)」と言いますが、それは薩摩守忠度に由来します。 ...

平忠度 忠度公園@兵庫県明石市

小林清親 平忠度

行き暮れて木の下蔭を宿とせば 花や今宵の主ならまし。 名乗らぬまま一の谷で散った平家の武将、平忠度(忠盛六男、清盛の末弟)の箙に結びつけてあったとされる句で、「旅ゆくうち日が暮れてしまいそうだ。 ...

小林清親 平忠度

平忠度とは?

平忠度(たいら の ただのり 天養元年(1144年) - 元暦元年2月7日 (旧暦) 2月7日(1184年3月20日))は、平安時代の武将。平忠盛の六男。母は藤原為忠の女。平清盛、平教盛 教盛、平経盛 経盛らは兄。子に平忠行 忠行がいる。熊野の地で生れ育ったとの伝承あり。治承2年(1178年)従四位上。同3年、伯耆国 伯耆守。治承4年(1180年)、薩摩国 薩摩守。
源頼朝討伐の富士川の戦い、源義仲討伐の北陸遠征軍等に出陣。一ノ谷の戦いで、源氏方の岡部忠澄と戦い41歳で討死。忠澄は戦ののち、忠度の菩提を弔うため、埼玉県深谷市の清心寺に供養塔を残している。
歌人としても優れており藤原俊成に師事した。都落ちの最中、俊成の屋敷へ赴き自身の歌を書いた巻物を俊成に託した逸話が有名である。千載和歌集 千載集に彼の歌があるが、撰者の俊成は朝敵となった忠度の名を憚り、詠み人知らずとして掲載している。(このエピソードは平家物語巻7『忠度都落』に詳しい)

平忠度の詳細

平忠度に関する質問

平忠度 ある言葉でまったく別の物を言い表す駄洒落を集めてい..

ある言葉でまったく別の物を言い表す駄洒落を集めています。   【例】 薩摩守=無賃乗車のこと  平忠度が薩摩守だったことから、忠度→タダノリ→ただ乗り=無賃乗車のことを薩摩守という。   雪隠の神様=四十九歳のこと  便所の神様は始終臭い→シジュウクサイ→四十九歳。   単なる駄洒落ではいけません。ある単語で、そのものの意味とはまったく違うことを暗示する洒落た言い回しを教えてください。

学習・教育 芸術・文化・歴史  ある言葉でまったく別の物を言い表す駄洒落を集めてい..の詳細